飯塚事件・第三次再審請求について🎵😹確認された事実と今後の検証を見つめる(後編)(※実学No.245,B.D.+38)

飯塚事件・第三次再審請求について~確認された事実と今後の検証を見つめる~(後編)
はじめに~何を信じるかではなく、何を確かめるか
この秋、 NHK『未解決事件 』「北関東連続幼女誘拐・殺人事件」の放送や再放送、
新たな報道、そして第三次再審請求審に向けての動きに伴い、
「飯塚事件」を巡る議論が再び注目を集めています。
そのような中、DNA型鑑定の問題、鑑定写真やネガフィルムをめぐる新たな指摘、
過去の裁判所の判断、そして、それぞれの立場から発信される人々の言葉の
一つひとつに目を向けるうちに、改めて考えるようになったことがありました。
事件によって大切な人を失われた方々と、
死刑が執行された久間三千年さんとご遺族、という立場にある
それぞれの人々の思いを、
自分の立場・主張に都合よく解釈することなく、心に留めておきたいということです。
その上で、判決を支えた証拠や判断の裏付けとなった根拠について、
何が、公的な手続きで確認された事実であり
何が、解釈や推測であり
何が、これから検証されるべき課題なのかを
混同させずに、考え続けたいと思います。
人の命が失われ、
最期まで否認を続けた人も死刑が執行された「飯塚事件」は特に
客観的な事実関係に忠実に、そして、人権という原点から、
確定判決、第1次・第2次再審請求審、そして第三次再審請求審へと至るプロセスを、
見つめ直していきたいと思います。
※なお、以下の画像は、事実関係(主に判決文より)を図式化しただけのもの等ですが、
よろしければ、ご自由にお使いください
1.MCT118型鑑定について判決文から確認したこと
今回の問題の一つが、飯塚事件の確定判決で有罪認定を支えた証拠の一つであるMCT118型鑑定です。
第1次再審請求審の福岡地裁決定を読み直す中で、特に整理しておきたいと感じたことは、
「鑑定の証明力が弱くなったこと」と「久間さんと犯人の型が不一致だと認定されたこと」は
同じではないという点です。

確定判決では、犯人のものとされた資料について、
123塩基ラダーによるMCT118型DNA鑑定から、「16-26型」とされていました。

しかし、アレリックラダーマーカー用いた本田克也教授の鑑定等を考慮すると、
犯人資料は、「18-29型」「18-30型」「18-31型」のいずれかになり得るとされました。

一方、久間さんの型は「18-30型」とされていました。
ところが、犯人資料そのものを再鑑定して直接確かめることができないため、
久間さんと犯人の型が "一致するとも、不一致であるとも確定できない"
とされました。
これが、第1次再審請求審の判断を理解する上で、押さえておきたい点です。

当時の鑑定結果をもって
「犯人と久間氏のDNA型が確定的に一致する」とした確定判決の評価を
"そのまま有罪認定の根拠として用いることはできない"とした一方で
"久間さんと犯人のDNA型が、不一致だと認定したわけでもない"
と、裁判所は判断したということでした

その上で、第1次再審請求審の福岡地裁決定は、
MCT118型鑑定の証明力、或いはそこから犯人性を推認する力について
「相対的に相当程度弱いものとなる」と評価しました。
この件について、飯塚事件について情報交換をしている方と、
少しやり取りをしました。
そこでは、まず
「証拠能力」と「証明力・推認力」の違いについて確認しました。

「証拠能力」とは、証拠を裁判で用いることができるか、という問題です。
それに対して、「証明力」や「推認力」は、その証拠がある事実をどの程度裏付けるのか、
或いは、そこから別の事実をどの程度推し量ることができるのか、という問題です。
続いて、「相対的に相当程度弱いものとなる」という判決文に関して
相手の方が "確定審の時に比べ、若干証拠能力が弱くなった程度"と
チラッと仰ったことに対して、私は、少し意味が違うのではないかと尋ねました。
そうしたところ、"今の表現は判決文を読んだ上での主観であり、
弁護団の説明に対して、感情的になっていたかもしれない" と述べられました。
この確認を通じて、改めて
「DNA鑑定の証明力が大きく低下したことと、
それだけで事件全体の有罪判決が覆ることは、別問題」だと思いました。
第1次再審請求審では、結局、MCT118型鑑定の評価を変更しながらも、
ほかの情況証拠を総合して、有罪認定を維持できると判断されました。
その判断をどう評価するかは、別途、検討しなければなりません。
"鑑定の問題点を見つけたからといって、それだけで無罪が確定するわけではない"と同時に
ほかの情況証拠があるという理由だけで、鑑定の問題点を小さく扱ってよいわけでもなく
一つひとつの証拠が何を示し、何を示していないのか、から
見直していくことが重要なのだと思います。
2.判決文の言葉を自分の目で確かめる
もう一つ、自分自身が今後も確認していきたかった問題は
犯人のものとされた「血液資料」を巡る記載に関してでした。

確定第1審判決には「資料(1)は全量消費した」とありました。
そして、今回のNHK『未解決事件』の放送でも、
「残存試料がないため再鑑定ができない」との現実が、
長年事件を追い続けられてきたジャーナリストの清水潔氏によっても指摘され、
これは最早、動かしがたい客観的状況となりました。
ただ、確定控訴審判決には
「資料をほとんど使い切った」という趣旨の記載があり
やはり、この違いが少し気に掛りました。

勿論「ほとんど使い切った」と判決に書かれているからといって、
"再鑑定できる資料が残っている"と結論づけることはできません。
何かが少量残っていたとしても、それが検査に使える状態なのか、
或いは必要な情報を得られるだけの量なのかは、別の問題です。
更に、第1次再審請求審の決定では、資料(1)について、
PBS抽出後の「遠心沈渣」と、「枝に残存していた資料」とに、区別されています。
したがって、判決文に書かれた「全量」や「ほとんど」という言葉だけを取り上げるのではなく
それぞれの記載が、どの資料を指し、どの段階で、何が消費されたかまでを
確認する必要があるのです。
現在、どのような資料が残されているか
残されているとして、そこから何を検証できるかの確認は、
自分にとっては、今後もまだ続く問題です。
3.鑑定写真とネガフィルムをめぐる新たな指摘
第三次再審請求を巡っては、報道で、
DNA型鑑定の写真やネガフィルムに関する新たな疑問が提示されました。
元カメラマンだった清水潔氏も、2026年10月8日付の弁護士ドットコムニュースで、
DNA型鑑定の写真に見られる「切り取り」の疑いについて指摘されました。
ガラス板は「3対2」のはずが…死刑執行の「飯塚事件」DNA鑑定写真に“切り取り”の疑い、清水潔氏が見抜いたワケ - 弁護士ドットコム
https://www.bengo4.com/c_1009/c_19/n_21016/
ガラス板上の配置と写真の見え方などを手掛かりに、
鑑定写真やネガフィルムについては、検討を要することが紹介されました。
勿論、この報道記事を読む上でも、気をつけたいことがあります。
"写真やネガフィルムに不自然な点が疑われることと、
誰かが意図的に鑑定結果を改ざんしたと証明されることは、
同じではない"ということです。
写真のどこに、どのような加工や切り取りの痕跡があるのか
それは撮影や、撮影や現像の過程で生じ得るものなのか
鑑定結果の解釈に影響するのか
更に、仮に不適切な処理が確認された場合、
それは誰の、どのような意図によるものだったのか
これらは、それぞれ分けて検証する必要があるものです。

記事では、行政側は
「過去の裁判で認定されていない」との答弁にとどまっている、とあるので
その答弁によって何が明らかになり、何がなお明らかにされていないのかも、
確認していく必要があると思います。
過去の科学技術の精度や限界、国家権力によって行われた刑事手続が、
どこまで客観的で、後から検証できる形で行われていたのかを問うことは
重要だからです。
そして、今回報じられた指摘が、
過去の裁判所の判断とどのような関係にあるのかを問うことも
重要だと思います。

第1次再審請求審では、
本田克也教授によるMCT118型鑑定のDNAバンドを巡る主張などが
検討されました。

裁判所は、X-Yバンドを真のアレルバンドと認めることには否定的な判断を示し、
エキストラバンドとして扱うことなどを踏まえて、再審請求を棄却しました。

しかし、その判断があるからといって、
今後の検証がすべて不要になるわけではありません。
一方、新たな疑問が報じられたからといって、
過去の裁判所の判断が誤りだったと直ちに結論づけることもできません。
今回の指摘が過去に検討された問題と同じか別か
新たな資料や検証方法によって以前は分からなかったことが明らかになるのか
そこを確認していくことが、第三次再審請求審を考える上では重要になってくると思います。
4.第三次再審請求を前に

「飯塚事件」について考えていきたいことは
有罪か無罪かの結論を支えるための証拠は
どこまで確かなものだったのかということと
疑問が生じた時に検証できる資料や仕組みは確保されているのか
過去の判断を見直すためには何が必要なのかということです
私は確定判決があることを理由に
そこで検討を終えることは
あまりよいとは思いませんが
事件について改めて疑問を向けられること自体が
被害者ご遺族にとってはどれほど重いことなのかにも
思いを巡らせたいとも思っています
人の命に関わる判断だから
結論だけでなくその根拠も確かめたいと思っています
おわりに~人権を考えるからこそ、事実を確かめたい
私は「狭山事件」の石川一雄さんが昨年3月11日に逝去された日より
Xでえん罪や刑事司法の問題のポストを続けています
その中で考えさせられていることは
それぞれ警察・検察、裁判所、弁護団、報道機関の「正義」は
何を根拠にし何を正しいと考えているかということです
「正義」は必ずしも一つの方向を向いているわけではないのかもしれません
他方すべての立場を同じように正しいと考えることでもないのかもしれません
事実を確かめ根拠を比較しどの主張がどこまで裏付けられているのかを考えることの
積み重ねによって判断の妥当性を問い続けることが大事だと感じます
「飯塚事件」の第三次再審請求を巡って
今後新たな主張や検証結果が明らかになっていくと思います
その際は最初から結論を決めて情報を受け取るのではなく
何が確認され何が推測で何が今後の検証を必要としているのかを
確かめていきたいと思います
分からないことがあれば分からないと認め
自分の理解が違っていたと分かれば修正し
立場の違う人との対話から学べることがあれば
それを受け止める姿勢も失わずにいたいと思います
報道や様々な意見に接する中でも
「飯塚事件」を巡る事実と刑事手続の公正さを
見つめ続けていきたいと思います
"人権を考えるからこそ事実を確かめる"とは
私は誰かの主張を信じ誰かの主張を疑うといった二者択一ではなく
自分が何を根拠に考えどのように判断していくのかの問題だと思います
※参考資料
福岡地裁・第1次再審請求審決定(2014年3月31日)
https://ja.wikisource.org/wiki/福岡地方裁判所平成21年_(た)_第11号
- 福岡高裁・第1次再審即時抗告審決定(2018年2月6日)
https://ja.wikisource.org/wiki/福岡高等裁判所平成26年_(く)_第56号
- 飯塚事件の確定第1審判決(1999年9月29日)
https://ja.wikisource.org/wiki/福岡地方裁判所平6_(わ)_第1050号、平6_(わ)_第1157号
- 飯塚事件の確定控訴審判決(2001年10月10日)
https://ja.wikisource.org/wiki/福岡高等裁判所平11_(う)_第429号
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With "Ryoryo"(ウイズリョウリョウ)
今日は、ウッジューが星になって4年目+64日(1,523日)☆彡
リョウリョウの12歳のB.D.から31日☆彡
きょうは9,464歩(6.8㎞)リハビリ歩きしました❤️🩹(安静第一のハート)
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