飯塚事件・第三次再審請求について🎵😹第1次再審の判決文からMCT118型を読み直す(中編)(※実学No.244,B.D.+32)

※以下の画像は、判決文などを図式化しただけのものですが、もしよろしければ、ご自由にお使いください
前回のブログ(飯塚事件・第三次再審請求について~人権を考えるからこそ事実を確かめたい)の続編になります.。
今回、Xで飯塚事件について情報交換をしている方とやり取りさせて頂く中で、その思いを改めて確信できたように感じています。

同じ事件について話し合っていたとしても、しばしばそれは「どの判決の、どの部分を見て、語っているのか」が違っている場合があります。
今回「第三次再審請求」について考えるにあたっても、相手の方は、第1次再審請求審については、第1審決定(福岡地裁)を見て語り、私の方は、控訴審以降の第2審決定(福岡高裁)の判決を見て語ることによる、一部「食い違い」なども経験しました。
確定判決については、第1審判決、第2審判決、最高裁判決。
控訴審以降の判決については、第2審判決、最高裁判決。
第1次再審請求審については、第1審決定、第2審決定、最高裁決定。
第2次再審請求審については、第1審決定。
「犯人と久間さんの型が一致した」という評価は何を意味していたのか
その焦点となったものが、MCT118型でした。
まず、確定判決の段階で、MCT118型がどのように扱われていたのかを確認しました。

「MCT118型」とは 前回お話したように 飯塚事件でも問題となっている、当時のDNA型鑑定の方法です。
これはDNAの特定の部分を調べて、その型を数字で表す方法で、この鑑定により、犯人のものとされた血液資料から「16-26型」が検出され、
それが久間さんの型と一致すると、確定判決では評価されていました。
第1次再審請求の福岡地裁決定は、確定判決が、被害者Bさんの遺体付近の「木の枝に付着していた血痕」や、被害者両名の膣内容・膣周辺から採取された血液について、
"被害者以外に由来するとされた血液が混在している"
と認定していたことを踏まえて、検討しています。
そして、犯人が1人であると仮定した場合、その犯人の血液型はB型、MCT118型は「16-26型」であり、いずれも事件本人である久間三千年さんの型と一致している、というのが確定判決における位置づけでした。
確定判決が、被害者Bさんの遺体付近の「木の枝に付着していた血痕」や、被害者両名の膣内容・膣周辺から採取された血液について、犯人に由来すると認められる血液等が混在していたと認定していたと判断しています。
つまり、犯人が1人であると仮定した場合、その犯人の血液型はB型、MCT118型は「16-26型」であり、いずれも事件本人である久間三千年さんの型と一致している、と確定判決では位置づけられています。
また、その評価は、少なくとも確定判決の段階では、犯人と久間さんを結び付ける事情の一つになっています。
しかし第1次再審請求ではその「16-26型の一致」という評価をそのまま維持できるのかが問題になった
第1次再審請求では、本田克也教授らによる鑑定・意見が提出され、従来のMCT118型鑑定について様々な問題が指摘されました。
その中には、
ラダーマーカーとの関係からバンドの位置をどう判定するのか
同時泳動をしていないことをどう考えるのか
更には、従来「エキストラバンド」とされていたX-Yバンドをどう評価するのか
といった問題が含まれていました。

なお、「ラダーマーカー」とは、DNAを電気泳動で調べる際、DNAの大きさを判断するための「ものさし」のような基準となる試料のことです。
調べたDNAバンドが、ラダーマーカーのどの位置にあるかを比較することで、そのDNAの大きさを読み取ります。

したがって、この「ものさし」の位置や扱いに問題があると、バンドをどの型として判定するのかにも影響を及ぼすことがあります。
そして、ここでは、本田教授が主張したことと、裁判所が認めたことは分けることが少し重要になりました。

第1次再審請求審での福岡地裁は、本田教授の指摘をすべてそのまま採用したわけではありませんでした。
例えばX-Yバンドについては、資料(1)〔1〕、資料(1)〔2〕、資料(4)、資料(5)などに、X-Yバンドの位置にバンド様のものが存在すること自体は認めながらも、
それが犯人のアレルバンドである、或いはアレルバンドの可能性が高いとは認めませんでした。

エキストラバンドが高分子量側にも出現し得ること
X-Yバンドが見られる資料では16型と18型が検出されていること
科警研の笠井賢太郎技官が電気泳動の再現性を確認した上で、エキストラバンドと判断したこと
などを踏まえ、裁判所は、「X-Yバンドをエキストラバンド」とする判断には「相応の理由がある」としました。

「X-Yバンドはエキストラバンド」と「16-26型の一致」は同じ話ではない

ただし、X-Yバンドについて裁判所がエキストラバンドと判断したからと言って、それだけで直ちに「久間さんと犯人は別人だった」と、裁判所が認定したわけではありません。
逆も、言えます。
「X-Yバンドはエキストラバンドだから、従来のMCT118型鑑定には問題はなかった」というわけでもありません。
それらは分けて、一つずつ考えていく必要があります。
以上の事より、まずは、そもそも犯人と久間三千年さんの「16-26型の一致」は、どこまで確実にそう言えるのかを、判決から確認していきたいと思います。
第1次再審請求審の福岡地裁決定が示した重要な判断
第1次再審請求審の福岡地裁判決は、新旧全証拠を総合評価する中で、MCT118型鑑定について、「確定判決の段階より、慎重に評価すべき状況が生じている」としました。
その上で、「犯人と事件本人のMCT118型が一致したと認めることはできない」
一方で、「これが一致しないと認めることもできない」という判断をしています。
つまり、「一致した」から「不一致だった」へ、判断が反転したわけではありませんでした。
同時に、「MCT118型鑑定は完全に無意味になった」という判断でもありませんでした
裁判所が示したのは、「一致とは認められない。しかし、不一致とも認められない」
という位置づけです。
「証明力が低下した」と「不一致が証明された」は違う
そこで、今回のやりとりの中でも述べましたが、
私は、第三次再審請求審が始まる前に、
「MCT118型の証明力が低下したこと」と、
「久間さんと犯人の型が不一致であると認定されたこと」との違いを
今一度、整理しておく必要があると感じました。

具体的には

A) 従来の「犯人と久間さんのMCT118型が16-26型で一致する」という評価は
どのような根拠によって成り立っていたのか
B) 第1次再審請求でラダーマーカーなどの問題から
「16-26型の一致」と単純には評価できなくなった部分は
判決のどこにどのように書かれているのか
C) その一方で裁判所は「だから久間さんと犯人のMCT118型は不一致」とまでは
判決では認定していないのか
D) もしそうであれば「一致」と「不一致」のどちらにも確定できないとした理由は何なのか
E) そしてそのことがは確定判決でMCT118型が有罪認定の中で果たしていた役割に
具体的にどのような影響を与えると裁判所は評価したのか
の5つを、判決文から、一つひとつ確認していきたいと提案しました。
第1次再審請求の福岡高裁決定も読み直してみた
私自身は、先述したように、第1次再審請求の福岡地裁決定の即時抗告審である福岡高裁決定を、主に参照しています。
福岡高裁決定の判決文は、冒頭で、福岡地裁の判断や、それに対する抗告人側の主張を踏まえた上で、各抗告理由について検討しています。
そして、X-Yバンドについては
それをエキストラバンドとする福岡地裁の判断について、
"論理則、経験則等に照らして不合理な点はない"
として、これを是認しています。
一方で、MCT118型については、福岡地裁と同じく、
「犯人と事件本人のMCT118型が一致したと認めることはできない」
しかし、
「一致しないと認めることもできない」
という位置づけを維持しています。
勿論、それは「高裁が地裁の判断をそのまま繰り返しただけ」という意味ではありません。
高裁は実際、即時抗告で争われた論点を検討し、その上で地裁の判断に誤りはないとして抗告を棄却しています。
だからこそ、地裁が何を認定し、高裁がそれをどのように是認したのかを、分けて読むことは意味があります。
少なくとも、この問題に関して、第1次再審の高裁決定を読む際は、まずは地裁決定を土台として読む必要があると気づかされました。
ここで私自身の理解も一つ修正することになった
以前、私は「木の枝に付着していた血痕」については、色々な情報に接する中で、
「犯人と被害者二人の混合血痕」だとする思いこみがありました。
ところが、判決文で改めて確認すると、それは正確ではなく、
木の枝の資料(1)について、判決が示していたのは、
被害者Bさん一人の血液と、犯人に由来するとされた血液が混在しているということでした。
ご遺族にとって非常に重い問題であるこの事実を、間違って覚えていたことを反省し
事件の事実を確認しながら進めていくことの大切さを実感しました。
「全量消費」という言葉についても
「木の枝に付着していた血痕」の資料については、もう一つ、「全量消費」の問題を指摘させて頂きました。
※確定第1審判決の判決では、資料(1)について、
枯れた木の枝:約4.5cm×5cm
その枝に直径約2mmの血痕様物質
その周囲の枝をできるだけ取り除き、その血痕様物質の全量をPBSで浸出
その後、PBS浸出液を作った後も、「血痕がわずかに残存している枝の部分」についてDNAを精製
とし、最終的には「資料(1)は全量消費した」と記載している
その経緯は、まず相手の方が
「木の枝に付着していた試料について、地裁判決文に『全量消費した』という記述がある」
と説明されました。
そこで私も、福岡地裁判決の方を読み直しました。
そして、資料(1)について
「血痕様のものの周囲の枝をできるだけ取り除きその全量を」抽出に用いた
という記載を確認しました。
ただ、同時に、判決文の鑑定結果の記載には、資料(1)については
「枝に残存していたもの」についても言及があることを確認しました。

そして、この確認は、非常に重要かもしれません。
なぜなら、「木の枝に付着していた資料が全量消費された」という記載と、確定控訴審判決にある「資料をほとんど使い切った」という記載では、
現在、再鑑定の対象となり得る資料が残っているのかどうかについて、意味が変わってくる可能性があるからです。
もし再鑑定の対象となり得る資料が残っているのであれば、現在の技術によって、当時とは異なる方法で検証できる可能性があります。
しかも、この木の枝の資料は、判決上、被害者Bさんの血液と、被害者以外に由来するとされた血液が混在する資料です。
その残量を現在の技術で再鑑定することが可能なのであれば、
「被害者以外に由来するとされた血液のMCT118型が、本当に久間さんの型と一致するのか」
を、現在でも改めて検証できる可能性に繋がります。

勿論「少量の資料が残っている」ことと「実際に再鑑定が可能である」ことは別です。
資料の量や状態、DNAがどの程度残っているかなどによって違ってきます。
或いは、「全量」という言葉の意味にも、注意が必要です。
福岡地裁の確定判決には、資料(1)について、
"血痕様のものの周囲の枝をできるだけ取り除き、その全量を抽出に用いた"
という記載があります。
一方、第1次再審請求の福岡地裁決定では、資料(1)について、
"抽出液の遠心沈殿物である「資料(1)[1]」だけでなく、「枝に残存していたもの」である「資料(1)[2]」についても検討した"
とされています。
つまり、「資料(1)を全量消費した」は
何を「全量」と呼んでいるのか
どの段階で採取された資料を指しているのか
そして現在どの資料が残っているのか
を、今後公表される使用や、第二次・第三次再審請求審を巡る報道なども含めて、確認していかなければなりません。
私がこのように "全量"か "ほとんど”か という 細かい違いにこだわった理由は
それが「久間さんと犯人の型が一致するか、不一致か」を
今あらためて確かめられる可能性に関わるからでした。
人権を考えるからこそ、事実を確かめたい

今回私は「飯塚事件」の判決や資料を
自分に都合のいい部分だけを拾うのではなく
反対の判断も含めて読み
自分の理解が間違っていた場合はそれを直し
その上で
この証拠は裁判の中でどのように扱われていたのか
新しい証拠によって評価はどう変わったのか
を確認させて頂きました
また誰かを論破するためではなく
自分の理解を曖昧なままにしないために
もう一度原典に戻って考えてみることの大切さも
改めて確認できました
人権を考えるからこそ事実を確かめたい
それが私にとっては
引き続き「飯塚事件」を考えていく上での原点です
最後までお読み頂きありがとうございました
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With "Ryoryo"(ウイズリョウリョウ)
今日は、ウッジューが星になって4年目+58日(1,517日)☆彡
リョウリョウの12歳のB.D.から25日☆彡
きょうは8,551歩(6.1㎞)リハビリ歩きしました❤️🩹(安静第一のハート)
🏃🌒🌓🌔🌕🌖🌗🌘✨