まだある狭山の未開示証拠を6スレッドで🎵😹石川さんの62年を伝えたい(※実学No.10,2025/3/31(月)~,B.D.207)
きょうは、
まだある狭山事件の未開示証拠のことで
6スレッド・27ポストしたことを
書こうか書かんとこうかでまだ迷ってるんですけども…
昨日は、「万年筆の新証拠」「スコップ」「タオル」「取調べテープや上申書36点」「筆跡鑑定」「万年筆インク鑑定」「269点の新証拠」「11人の鑑定人尋問とインク鑑定」の8項目を取り上げました。
きょうは更に、「脅迫状の封筒と紙」「石川さんの靴(地下足袋)」「被害者の腕時計」「血液型鑑定」「目撃証言」「弁護団と検察のやり取り」(いずれも、2006年開始の第3次再審請求で弁護団が新証拠として追及してきたもの)の6項目を、弁護団の資料とかでちゃんと調べてポストしました。
スレッド①「脅迫状の封筒と紙」では、2010年頃に専門家が「石川さん家のものとは違う!」って分かった話をポストしました。
スレッド①:脅迫状の封筒と紙の鑑定
狭山事件において、脅迫状の封筒と紙は、1963年5月の身代金要求に関連し、石川一雄氏が「自宅の封筒と紙を用いた」と「自白」した証拠として有罪の根拠とされた。しかし、第3次再審で弁護団が2010年頃に科学警察研究所OBに依頼した鑑定は、封筒の糊成分および紙質が石川氏宅の押収物と一致しないと結論づけた。この物的証拠と「自白」の矛盾は、警察による誘導や別犯の可能性を示唆する重大な新証拠である。にもかかわらず、検察は「重要性に欠ける」と否定し、事実調べは停滞。事件発生から62年、石川氏逝去後も真相は未解明のまま残されている。
狭山事件の脅迫状は、1963年5月に被害者宅に届いた身代金の要求状で、石川一雄さんが「自宅の封筒と紙で作った」って「自白」したのが有罪の根拠やった。でも、第3次再審で弁護団が2010年頃に科警研OBに鑑定頼んだら、封筒の糊の成分や紙の質が石川さん宅のものとちゃうって結果が出た。「自白」と物証が合わんってことは、警察の誘導か別の犯人の可能性すら浮かぶで。弁護団はこれを新証拠として提出したけど、検察が「大したことない」って無視して、事実調べも止まったまま。事件から62年経っても分からんままや。2025年3月11日に石川さんが逝っても真相隠されとる感じやで。
スレッド②「石川さんの靴」では、足のサイズは24.5cmなのに靴が26cmで「合わんないやん!」って気づいた話をポストしました。
スレッド②:石川氏の靴(地下足袋)のサイズ問題
狭山事件の現場足跡は、地下足袋によるものとされ、石川一雄氏の「自白」に基づきその靴が有罪証拠とされた。しかし、第3次再審で弁護団が提出した新鑑定は、石川氏の足のサイズ(24.5cm)と押収された地下足袋(26cm)の不一致を明らかにし、足跡との関連性に疑義を呈した。この物的証拠と自白の乖離は、「自白」の信憑性を再考させる重要な論点である。検察は「自白が裏付け」と主張し、捜査資料開示や事実調べを拒否。62年を経た今、石川氏逝去後もこの問題は未解決である。
狭山事件で現場の足跡は、地下足袋の跡やったってことで、石川一雄さんの靴が証拠に挙げられたんや。「自白」では「その地下足袋で現場行った」って言うてたけど、第3次再審で弁護団が調べたら、石川さんの足は24.5cmやのに地下足袋は26cmで、サイズが合わへんことが分かった。さらに足跡の形状も微妙にちゃうって鑑定が出て、「自白」と物証がズレてる。検察は「自白あるからええやろ」って突っぱねて、靴の捜査資料開示も事実調べもせえへん。
62年経ってもこれやで。石川さんが逝った今、このサイズ問題が風化したら、真実がまた遠のいてまうと思ったらモヤモヤやするわ。
スレッド③「被害者の腕時計」では、石川さんが「隠した」と言ったけれども見つかった状況と合わないし、検察が「あるかどうか分からん」と言って証拠を隠している話を書きました。
スレッド③:被害者の腕時計
狭山事件において、被害者の腕時計は石川一雄氏が「奪って隠した」と「自白」し、1974年寺尾判決で有罪の証拠とされた。しかし、第3次再審で弁護団は、発見状況と「自白」の不整合を指摘し、捜査資料の開示を求めた。警察発表の曖昧さと「自白」の状況から、誘導の可能性が浮上するが、検察は「存否の回答も不要」と開示を拒否。62年経過し石川氏が逝去した現在も、腕時計に関する真相は検察の手中に留まり、解明が進まない。
狭山事件で被害者の腕時計は、石川一雄さんが「奪って隠した」って「自白」した物証で、1974年の寺尾判決で有罪の裏付けにされたんや。でも、第3次再審で弁護団が「その時計の捜査資料見せて」って求めたら、「自白」の「隠した場所」と発見状況が合わん可能性が出てきた。時計がどうやって見つかったんか、警察の説明も曖昧で、誘導された「自白」ちゃうかって疑いがある。検察は「あるかどうかも言わん」って開示拒否してて、62年経って石川さんが逝っても時計の真相分からんままや。風化させんためにこの矛盾を明らかにしたい。
スレッド④「血液型鑑定」でも、被害者はO型だけど石川さんB型で現場血痕と合わないのに、検察が詳しいデータを出さなくて「怪しい!」という話を書きました。
スレッド④:血液型鑑定の未開示資料
狭山事件では、被害者の血液型(O型)と現場血痕が一致するとされ、石川一雄氏(B型)との関連が有罪の間接証拠とされた。弁護団は第3次再審で、検察が保有する血液型鑑定資料の全開示を求め、採取状況や鑑定過程の不透明さが石川氏との結びつきを弱めると主張。この未開示資料は新証拠として再審の契機となり得るが、検察は開示を拒否。62年を経過し石川氏逝去後も、血液型鑑定の詳細は不明のまま残る。
狭山事件の血液型鑑定は、1963年当時、被害者がO型で現場の血痕もO型ってされて、石川一雄さんのB型とは別って話やった。でも、第3次再審で弁護団が「その鑑定の全資料出して」って求めたら、検察が隠し持ってる詳細データが未開示のままや。血痕の採取状況や鑑定過程が曖昧で、石川さんと結びつける証拠が実は弱いんちゃうかって疑いがある。検察は「出す必要ない」って態度で、資料出さんから、62年経ってもこの血液型は謎のままや。風化させんためにも、真相知りたい。
スレッド⑤「目撃証言」では、犯人は石川さんと違うという目撃証言があったのに、検察が「必要なし」と言って証拠を出さなかった話をポストしました。
スレッド⑤:目撃証言の未開示資料
狭山事件の身代金受け渡し現場では、1963年5月に目撃証言が記録されたが、石川一雄氏の体格や服装と異なる内容が含まれていた。弁護団は第3次再審でこれらの未開示捜査資料を要求し、別犯の存在を示唆する証拠となり得ると主張した。しかし、検察は「関連性なし」と開示を拒否。62年を経た現在、石川氏逝去後もこの証言の全貌は明らかにされず、真実解明の機会が失われ続けている。
狭山事件の身代金受け渡し現場では、1963年5月に目撃者が犯人の特徴を証言してたけど、石川一雄さんの体格や服装とちゃう話があったんや。第3次再審で弁護団がその証言の捜査資料を「出して」って求めたら、検察が全部隠したままや。もしこの証言が別人の特徴やったら、石川さんの「自白」や有罪判決が覆るかもしれん。検察は「関係ない」って開示せえへんままやから、62年経って石川さんが逝っても、その証言の全貌は分からんし、真実が遠のいてる気がする。
スレッド⑥では、弁護団が何年も「出して」と言っているのに、検察がずっと「必要ない」と突っぱねているのが「モヤモヤするわ!」っていう話をポストしました。
スレッド⑥:弁護団の証拠開示請求と検察の対応(総括)
狭山事件の第3次再審において、弁護団は脅迫状の封筒、地下足袋、腕時計、血液型鑑定、目撃証言を含む多岐にわたる証拠開示を要求してきた。しかし、検察は一貫して「必要性なし」「存否回答不要」と拒否し、2024年2月27日の意見書でもこの姿勢を堅持。NHK(2024年2月26日)は、こうした未開示が再審遅延の構造的要因と報じた。62年を経過し石川氏が逝去した今、検察の硬直性が真相究明を阻む現実が改めて浮き彫りとなっている。
狭山事件の第3次再審、弁護団が封筒とか靴とか腕時計とか血とか目撃証言とか、いろんな証拠出せって言うてるんやけど、検察がずっと「必要ない」「あるかないかは言わない」って拒否やねん。2024年2月27日の意見書でも変わらんし、NHKが「これが遅れの原因や」って言うてた。62年経って石川一雄さんが逝った今も、検察が隠し続けるから、真実は分からんままや。ほんま何とかしてほしい。
ポストしたら、3人の方からすぐ「いいね」を貰いました。
昨日は1人だったから、増えて嬉しかったですし、特に、スレッド②とか⑤が、「サイズ合わない」とか「別人じゃない?」という話だったので、分かりやすかったからかなと思いました。
終わりに、ポストを読んでくれた人に向けて、以下のようなポストをしました。
狭山事件は62年を経てなお、検察の証拠開示が進まず真相が遠のいています。本日の6スレッドは、その現実へのささやかな第一歩でした。一緒に、弁護団の資料やメディアの報道を読み解き、今国会での再審法改正の成立に向けて、声をあげていけたら嬉しいです。過去の事実が正義への道を開くことを願います。
今日の「草の根」活動をやってみても、検察は、弁護団が頑張って調べ上げた証拠を、「出す必要はない」と言ったり、あるかどうかも隠したりということばかりをやっていると知りました。
それが、やっぱり、62年経っても狭山事件が未解決であることの背景にあるんだと思いました
6つのスレッドを調べてみて、狭山事件が62年経っても再審が進まない「構造的な問題」も見えてきました。
簡単に言うと、検察が証拠を隠しすぎて、真実が分からないままになってるんです。
その3つの大きな壁について、最後にちょっと書きます。
一つ目は、検察が「証拠見せません」と頑なに拒否すること。
例えば、スレッド③「被害者の腕時計」の話では、石川さんが「隠した」って言った場所と、時計が見つかった状況が全然合わないんです。
もしかしたら警察が「こう言え」って誘導した可能性もあるのに、検察は「その証拠が、あるか無いかも言わないし、出さなくていいだろう」という態度で、全く開けないんです。
隠されたままだと、「本当はどうだったのか」は誰もが分かないままになってしまいます。
二つ目は、証拠を調べる「事実調べ」が全然進まないこと。
スレッド④「血液型鑑定」では、被害者がO型で石川さんがB型で、現場の血痕の詳しいデータが検察の手元にあると分かっているのに出してくれないのです。
スレッド⑤「目撃証言」も、犯人を目撃した人が「石川さんとは違う特徴だった」と言っている資料があるはずと分かっているのに、それも隠されたままなんです。
こういう新証拠になりそうな大事なものが放置されているので、裁判所は、本当かどうか調べるために動けないんです。62年も待ってるのに、これでは進むわけがないと思います。
三つ目は、検察の「絶対開示しない」という硬い姿勢がずっと続いていること。
スレッド⑥にあるように、弁護団が何年も「証拠を出してください」とお願いしているのに、検察は2024年2月27日の意見書でも「必要ない」、「あるか無いかも言わない」と突っぱねています。
NHKのニュース(2024年2月26日)でも「この隠し方が再審の遅れの原因」だと指摘していたくらいだから、本当に頑固すぎるんです。
この態度が、狭山事件が動かない一番の壁かもしれないと思います。
私たちは真実を知りたいだけなのに。
でも、再審のルール自体にも穴があるし、この3つ——証拠隠し、事実調べが進まないこと、検察の硬さ——が絡み合って、検察のやり方が真実を知りたい人をブロックしているということが分かりました。
石川さんが62年闘ってきたのに、こんな壁のせいで真相が遠のいてるというのは悔しいです。
このままでは、過去の事実が埋もれて、正義が届かないまま終わってしまうのではないかと心配になります。
でも、一番悔しい思いをされているのは石川一雄さんです。
それがお伝えできれば、きょうはささやかな一歩を踏み出せたかなと思っています。
3人の方からの「いいね」で、「少しは、社会に届いているのかな?」と希望も湧いてきました。やって良かったです。
石川一雄さんが62年闘ってきた証拠を風化させないためにも、
第217回国会(2025年1月24日~6月22日)の動きを見つつ、
これからもポストを続けていきたいなと思います。
