一週間刻みの眺め(長め)サイト(笑)

今週、引き出しの中に容れたもの。

2022/7/18(月)から今日まで。(第40週ー後半③)※資料No.112(ウクライナ)

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2022/7/23(土)
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朝は、オトン(元ウチの人)からのメール・チェック(備忘録的なものなので、読み飛ばしを)。
「昨日は中華居酒屋。今日は午後から少し仕事して、夜はSらと飲み会。明日はフリーです。」


夜は、菟田野のお義母さん(84)に、ラブレター書き(笑、同上で)。
「おかあさん コン🦊ばんは。
今日、7月23日は土用の丑の日です🐮ϵ( 'Θ' )϶何か「う」のつくものは召し上がりましたか?うちは、息子氏はしを頂き、私は小梅ちゃん(め飴)を舐めましたよ🍬\( ˆoˆ )/
それでは、きょうも早速『根っこばなし』より『取りあげ婆さ👵🧸💗』⑨をお送りします👶🍼🍬
前回の『取りあげ婆さ👵🧸💕』は
今から131年前の濃尾地震からひと月後、お宮参りに向かうお金持ちの一行の人力車の一台に、河原で婆さに手伝いを依頼した番頭が乗っていて、母子に言葉を掛けようとしていた婆さに、我々には関わるなというような暴言を吐いて立ち去った💕👶👩🏻💕
というお話でしたんr
なお、『取りあげ婆さ👵🧸💕』は、タイトルに魅かれて選ばせて貰った作品なので、物語が予期せぬ展開(?)になるかもしれないことを、あらかじめお詫び申し上げます(笑)🙇
「根っこばなし」より『取りあげ婆さ👵🧸💕』
👶🍼🍬


警察から 婆さまに 呼びだし状が とどいたと👮‍♂️🚓
身うち仲間が つきそって、なんの用じゃと 出向いたらな。
婆さま一人が 署長室じゃと。👵💕
「さきごろは 産婆づらして ごねたそうなが、
おまえ、免許を 持っとるかい」
と、顔を みるなり 署長が 聞いたと。👮‍♂️🚓


そのころは 免許を うける 産婆が たりんで、
村々の 取りあげ婆さを 役場に 呼んで、
仮の 免許を わたしとったがな。👨‍🏫


部落では、どっちみち 免許を 取るまでないと。👩‍⚕️👶
看板を かかげた 村の産婆なぞ、部落で 頼んでも 足ぶみせんし、
部落の産婆が 看板かけても、いぜんどおりに 世間が 呼ばん。👩‍⚕️👶
仲間の うちだけの 取りあげ婆さなら、免許 なんぞに 用があろか。👩‍⚕️👶
 (つづく)
💕👶💕
まぁおそらく、これは、あの番頭の仕業なのだと思います👨🏻💩
そして、おそらく、こんなことでは屈する婆さではないと思います
👵✨
なので、私たちもお互い、屈するなかれ、咲き誇れで、いざ・ゆかん~🎵😉✨「ひや・きおーがん❓💕👶💕」(笑)
それでは、次回は明後日、7/25(月)になりますけれども、それまでお楽しみに(?)
おやすみなさい🍼🍬😴💤」

With "WouldYou"(ウイズ ウッジュー)

きょうは、蓮池ランをして、6,948歩(4.8㎞)走りました🏃🌹✨そのあとは、『ロシアによるウクライナ侵攻から、国際法・憲法をあらためて考える』の文字起こしをしました↓
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「ロシアによるウクライナ侵攻から、国際法・憲法をあらためて考える」主催:大阪弁護士会 、日時:2022/07/23、講師:秋山肇(あきやま・はじめ) ・筑波大学人文社会系助教
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※講演の部分起こし
講師:秋山肇(あきやま・はじめ) ・筑波大学人文社会系助教
安保理事会が 動けなければ 何もできないのか?というと 国連総会には 果す役割があると 解釈しています(国連憲章11条) 実際に 2022年3月2日の 「平和のための結集決議」で ロシアによる ウクライナ 侵略を 批判しました この時「侵略」という言葉を 実際に 使っています ただ 法的拘束力は ありません 安保理は 法的拘束力があります 
「平和のための結集決議」が なぜあるのか? というと 拒否権行使を アメリカも ソ連もしなかったので そういった 枠組みを 作ることができました だから 出しても 先へは なかなか 行けません 国際的合意をもとに 社会を動かすこと 動かしていくことは なかなか できないことが 分ります


次に 犯罪としての ロシアによるウクライナ侵攻を 考えると まず 国際法における 中核犯罪は 4つあります ①ジェノサイド(集団殺戮)②人道に対する罪③戦争犯罪(捕虜の待遇など)④侵略犯罪(武力による 他国への主権の侵害
ロシアによる ウクライナ侵攻が 中核犯罪に どのように 関係しているのか?というと
①のジェノサイドは 意図を持った殺人かどうかを 立証するのは 難しんじゃないか?
ただ ②の人道に対する罪に 認められる可能性がある ③の戦争犯罪も 認められるんじゃないか? ④の侵略犯罪は これは 国際刑事裁判所で 裁かれるので 管轄権のことを  考えると 実際に 裁かれることは ないんじゃないか? 裁かれにくいと 思います


国際刑事裁判所は どのように 動いているのか? というと 2022年3月に 捜査を 開始しました ただ 身柄を確保しなくては 捜査はできないんですね ぷーちんさんを 訴えることは できても そのためには ぷーちんさんが ロシアに居れば ロシアの協力がないと 身柄は 確保できません 国家体制の持つ 限界は 国際的な刑事裁判を 考える時にも 見えてきます


ここからまとめに 入っていきます
ロシアによるウクライナ侵攻を巡って もう少し 侵攻とは 違う視点から 考えてみたいと 思います
留学生と 議論することが あるんですけれども そこで 考えさせられる事がありました ウクライナ大学の学生 50人を 筑波大学は今回 受け入れることになったんですけれども
ロシアによるウクライナ侵攻は どれくらい 特別なことなのか? アメリカによる イラク侵攻と どこが違うのか? なぜ これだけ フォーカスが 当たるんですか? これって ヨーロッパで 起きてるからじゃないの? ヨーロッパだから アメリカも 日本も まずいまずいと 思っているのじゃないか? 世界の いろんな国でも 自分の出身国でも 起きてるよ それなのに なんで? と 言われると 私自身は ハッとさせられます


国際秩序への挑戦 というと 多くは 「国境線」なんですね ところが アフリカに行くと 砂漠の中に 国境線が 引かれている だから 逆に言うと ヨーロッパは しっかり そこ(「国境線」)を コントロール されている そこに 武力をもって 挑戦しているんだと 理論的には 分ります ただ 他の事例と どの程度 違うのか? ある意味 冷静に 考えることは 必要と思います もしかしたら 比較しては いけないのかもしれない ということも 含めて 私個人は 考えさせられました


最後に 日本の憲法の 役割りについて 考えたいんですけども それは 私は 憲法の 前文に あるんじゃないかなと 思います 前文は 背景や 理論的なことが 書いてあるんですね 特に重要な「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思うこれが 一つのキー 関連する部分かなと 思うんですね
憲法の原則は 平和主義だけじゃないですが 国民主権 基本的人権の尊重 などがありますが これ(憲法前文)は 極めて重要な ポイントになります


「平和を愛する 諸国民の 公正と 信義に 信頼して」この2つがあるのか? これが 一番の大前提であると ありますが 第二次世界大戦が終わり 日本の憲法は その教訓を 元にしているんですか?っていうのが 一番重要な ポイントだと 思うんですね
「信頼して」は できないんじゃないか? 結構 難しいと 私自身は 信頼の仕方も ありますし 信頼できない という見解があっても おかしくないと 思います 


数年前 北朝鮮より ミサイルを発射されていた タイミングで 授業をした時は 学生たちの 意見は リベラリズムが 多かったんです ほんとに 数年で 変わりました 今 「安全保障? いやいや ちゃんとやらないと 危ないんだ」 「協力しろよ」 という 学生が ほんと 増えました 
今の状況で 「平和を愛する 諸国民の 公正と 信義 なんて あるのか?」と 思う人がいても 少しも おかしくないと 私は 思います


そのうえで(平和は)どうやって 実現できるのか?
もしかしたら 「いやいや それは 無理だよ」という 考え方も あるのかもしれません
そうでない 考え方を 持っている人たちが そういう考え方を 持っている人と いかに 対話をしていくのか? が これから 凄く 重要なことだと 思っています お互いに 議論ができる それが 国民主権を基盤とする 憲法を 考える上で 重要だと 思います 
それを 考えた上で じゃあ 平和主義は このまま いくのか? 変えた方がいいのか? 変えるなら どんな具体策が 構想できるのか? が 問われてくると 思います


最後に まとめの問いとして
法の役割とは何か? 法と言っても 国際法と 憲法では スコープ(影響範囲)が 違います 日本国憲法は 日本から見て どうなのか? ニュアンスが 違います 抽象化をして 考えてみると 規範ではあります 現状ではなく あるべき姿が あります 規範と現実の ギャップ 背離を どう考えるのか? それを 私たちは 問われています


それとも 規範と現実の乖離は 問題なのか? 「乖離をしていいんだ」 という考え方も あります 元々 違うものだから どう 克服を どうめざすのかが 重要じゃないのか? という考え方もあります ただ (規範と現実の乖離は)あるんだけれども それを 解消しなければいけないとすると うまくいかなかった時に さらに ギャップが 生まれてしまいます 


乖離が あるとするならば あるだけでいいのか? なんとかして 克服しようという プロセスが 法の役割なんじゃないか? と 思います ここでは どう守れるのかを 考えていく どの国も どうしても 守れないことは あるけれども これが 守るべき姿と 頭に入れておくことで 規範から あまりにも 遠くに行き過ぎることはないのではないか と思います 以上です ご清聴ありがとうございました


※質疑応答の全文起こし
>一国一票制であっても 5大国には拒否権があります それは 国連総会による安全保障の実効性に 影響はあるのでしょうか?
秋山肇・筑波大学人文社会系助教
皆が 一番 考えることだと 思うんですね 分りやすいのは 「国連総会による 安全保障を 法的拘束力 持ったものにしていく」 というのは 案としては かんがえられる ただ 法的な議論で 言うならば 常人理事国が 一か国でも 反対したら 仕組みが作れないことを どう考えるか? ということだと思います 構想は できるんですけれども 少し むずかしいかなと 思います 方向性を 言っているから できないんだ という 議論は あるとは 思うんですけれども 実効的に 運用できるのかな❓と 大きな疑問符がつくと思いますので どのように考えていくのか 議論が必要かと 思います


>事例として 2022年6月に ロシア兵を ウクライナが 裁判にかけました また ロシアは ウクライナ兵を処罰するという 報道もされました どちたも ICC(International Criminal Court=国際刑事裁判所)に 委託するべきではないのでしょうか? 
秋山
もちろん できるとは おもうんですけれども すべての人と すべてのことを ICC(国際刑事裁判所)の 裁判に かけるのか? が 問題になってくると 思います それぞれの国で ICC(国際刑事裁判所)に行く前に 裁判にかけることは できるのかなと いう気がします 


自国の領域内で 捕まった 兵に対しては ICC(国際刑事裁判所)の裁判に かけることは できます そのときに 弁護士をつけるとか 法的仕組みの中で裁かれて行く権利の保障を した上であれば 刑事手続き的な 問題は ないのかなと いう気がします 


実際に それで 終わってしまっていいのか? という気が わたしはしていて 兵士を 裁く というだけで 終っていいのか? 裁くのは 望ましいのか? を含めて 議論は ある と思います ただ 裁く手続きとしては 問題はないかと 思います


>実際のところ 国連加盟に 熱心な政権はあったのでしょうか?
秋山
政権によって 変わるレベルと 外交 役所によって 変わるレベルがあって それなりに 国連は 重要視していると 思います 例えば PKO関連で 日本は 派遣をするのか? 合憲性を 含めて 議論されました 重要なのは そこで 国連と 基本的に 同じ方向性で行こう というのが 憲法には あると思うんですけども 現実は 矛盾を 感じています PKO派遣は そもそも 憲法が 想定していたのか? 想定していなくても いいんですけども PKO派遣を 今 認めるのか? 「平和主義に かなっていないから やめるんだ」 という議論にはならない と思いますし その点では 日本においても 一定の 国連の 重要視は されてきたのかなと 思います


>国際法は 何の機能も 果たしていないのではないでしょうか?
司会:この問いの答えは 今日の秋山先生のご講演であると 思うんですが… 質問者は 大阪弁護士会の会員です
秋山
何を持って 機能した と言うのか?によると思うんです ロシアの アクションを 止めたか? 止めてないのは 確かだと 思うんですね ただ ICC(国際刑事裁判所)が 調査を 始めていることが 一つだと 思います 国際法だけで とらえることはできない 国家主権の 枠組みがあるから どうしても 国際法だけでは 叶わないんですね たとえば 国連憲章のレベルで 核兵器を使うなは どの程度 実効性が あったか 立証は 難しい なかなか 外には 出てこないので 分らない ただ そういった 駆け引きが あったことは 少なくとも 確かで あらゆるものに 国際法が 無力だと いうわけではなく 国の根幹をなす問題に 使われるのは 法学的に 言ったら おかしいことなので 国際法は 意味がなかった 政治的にできた という議論も あるけれども 逆に言うと それ以上の意味を 持たせられる仕組みに 人類社会は いたっていない ということかなと 思います


>今後の 国連総会の改革は どのようになっていくでしょうか? ある程度は 進んでいるのでしょうか?
秋山
ロシアによるウクライナ侵攻に 限ったわけでは ないんですけれども 2代前の 国連総長の時から 言われていたことがありました 一つは 拒否権がある ということから 権益を 取り除くことは 難しいので 拒否権のない 常人理事国を作ること 今までは みんな 拒否権を 持っていたので 力の差が ものすごくありました そこに 拒否権のない 常人理事国を 作ることによって パワーバランスが 取れます 
もう一つとして 自国に直接 関係がないことには 拒否権を 出すことは できないようにしよう という議論は あります 
ただ 今回の ウクライナでは なかなか そういう.議論は 出てきません ウクライナは 出すことができる ということになりますので 「平和のための結集決議」を出すのも ひとつですが あまり大きな影響 有効なアイデアになっていないのが 現状だと思います


>9条平和主義を巡る国民投票によって さらに憲法批判を 強力化できる ということはあるのでしょうか? 国民投票を通して 規範力を高める 或いは なくす といった例は あるのでしょうか?  
秋山
ありだとは 思いますね 怒られてしまうかもしれないんですけれども 最終的に 議論が全く ないまま 国民投票に いくことは ないんですけれども しっかり 議論したと  誰が 判断するのか? これが いちばん 大きいかと 思いますが それを 国民が どう考えるのか? それが 反対されたのであれば これが サポートに なりますよという 議論には なるかと思います 国民の声として 出てしまうと それが どっちに転ぶか 分かりません ただ 国民で 決めることは 重要かと 思います


国際法は 変えることや .追加することは たまに あります 侵略犯罪の定義は 途中で 追加されたものに なります 自分が 締結しなければ 条約に入れませんから 自分が 守れないから 多国間条約自体を 変えることは できないが 自分が抜けることによって 影響力を 受けないようにすることはできる ということは 言えると思います 


閉会挨拶 
西・弁護士、大阪弁護士会
どの質問にも 丁寧に応答いただき 本当に ありがとうございます 合計77名の方の参加でありました 国際法の原理を 遡って 大変丁寧に 今の現状を 評価していただきました 憲法との関係でも 全体の理念が揺らいでいる中で たいへん詳しく ご講演いただきました 事実と規範のギャップ いかに乖離するかの まとめの部分は 感銘を 受けました この 克服のプロセスの中で 前提として 事前に 定めてある ルールを 言葉をつくし 可能な限り 規範の強化につとめる やはり そこに 法律家としての役割りが あるんだろうなと 確認した次第です 
ややもすると 感情による解決に 流れやすい ということが 今 あるのかなと思いますが じっくりと 乖離を どうするのか 考えていきたいと 思います 
以上をもちまして 閉会の挨拶とさせていたきたいと 思います 後日 アーカイブ的に ご覧いただく形にしていきたいなと 思っておりますので また ご案内できるかと 思います 本日は どうもありがとうございました
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※今日の文字起こしのソースはこちらです
2022年7月23日(土)

憲法改正問題に取り組む全国アクションプログラム
「ロシアによるウクライナ侵攻から、国際法・憲法をあらためて考える」
講師:秋山肇 ・筑波大学人文社会系 助教)
主催:大阪弁護士会 、日時:2022/07/23

趣旨:
ロシアは2022年2月、ウクライナ侵攻を始めました。
ロシアによるウクライナ侵攻は、これまでの世界秩序を揺るがすもので、全世界に衝撃を与えました。
国際法は、戦争を規律するとともに、戦時でも人権が守られるよう、工夫を積み重ねてきました。
また、ウクライナ侵攻をきっかけとして、日本国憲法の平和主義があらためて問い直されています。
この講演では、国際法と憲法を専門とする秋山 肇 先生に、国際法からすると、ウクライナ侵攻はどのように位置付けられるのか、日本国憲法はウクライナ侵攻にどのように向き合うべきかを検討します。

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